夏の夜のうだるような暑さの中で、子ども時代の夏休みがぼんやりと蘇ってきました。でひとしきり花火を楽しんだ後、ふと夜空に架かる天の川を見上げて、幼心に宇宙を想うなどという一瞬が、いまの子ども達にはあるでしょうか?
そういえば、アポロ11号の月面着陸に興奮したのも、私が10歳の夏のことでした。
あれから科学技術の進歩は目覚しく、想像以上に便利で快適な生活を私たちにもたらしました。でも、それだけ私達は、いや子ども達は幸せになったでしょうか?
物心がついた頃、母方の祖父母を胃がんで相次いで亡くした私は、早くから医学を志しました。医学の進歩を医師として体感し、病人の家族としてその恩恵に与る機会もありました。診断・治療の進歩はいうまでもありません。必要に迫られてという側面もありますが、病人と医師との関わり方にも大きな関心を寄せて取り組む時代になりました。
では私達は医学の進歩のお陰で幸せになったといえるでしょうか? 迷わず肯定できる場面の多いことを医療者として願い、目標にしてもいます。しかし、一方で、何か足りないという想いが、皆さんにも医療者側にも燻(くす)ぶる場面があるのではないかと危惧しています。
月の光は、わずか1.3秒ほどで地球に届きます。人類は月には到達しましたが、宇宙(コスモス)の果てから果てまでは930億光年という距離があり、ほんの一歩を踏み出したに過ぎないのです。実は医学の分野においても同様で、人体(ミクロコスモス)の神秘すなわち『いのち』の解明は緒についたばかりなのです。
医療の限界を越えるべく弛(たゆ)まず努力する一方で、限界を謙虚に受け容れ、限りある『いのち』を共に大切にする姿勢が、今こそ必要とされているのではないでしょうか?